日本重巡洋艦が繋いだ日本との縁~ヴィートさん

 今後投稿する多数の記事の翻訳、コーディネーターを引き受けてくださったVit(ヴィート)さんを紹介します。日本を好きになった理由が「日本海軍の重巡洋艦を好きになったから」という方で、更に以前はプラモデルを作っておられた方です。

  このVitさんの尽力で、チェコの模型事情や歴史に関する事をチェコの方に語って頂き、日本語で日本の方に紹介する事ができます。

きっかけ

 チェコの模型事情を日本で調べる事に限界があったのですが、チェコ親善アンバサダーのほりいさんとお話しした時に

プレスツアーで私の通訳だった人が、日本の戦艦が好きで日本に興味持ったって言うてはりました。なんやったかなー、ナガトだったかヤマトだったかとか

プレスツアーでのほりいさんとVitさん
プレスツアーでのほりいさんとVitさん

  と仰っていたので、まずはほりいさん経由でこの通訳の方にコンタクトを取ってみました。

 最初にインスタグラムでコンタクトを取ったとき、Vitさんが私の飛龍につけたコメントがこれ

vitさんと私の最初のコンタクト インスタグラムのスクリーンショット
武蔵はともかく、大鷹!?、那智?、荒潮?。ちなみに飛龍も蒼龍も当然ご存じだったようでw

これは凄い!と思って、Vitさんにコーディネータと翻訳を依頼しました。質問の回答先を探していただいたり、いろいろな写真を提供していただきました。このVitさんの人脈から思いもよらぬ方が質問に答えて下さりました。

翻訳文には手は入れません

 この後にVitさんがご自分で書かれた日本語の自己紹介を掲載します。私が読みやすい日本語に書き直すこともできたのですが、今後のチェコの方の記事も考え、敢えて直訳調そのままにしています。若干分かりにくい部分や、補足が必要な場合は、私が脚注を書き加えるか、本文中で「まいど!注」と断って私の言葉を挿入しています。

プロフィール

ヴィート・シュピーシェック(Mr. Vít ŠPÍŠEK):プロフィール

Vitさんのプロフィール画像

チェコ語・英語・日本語の通訳者、チェコ旅行スペシャリスト、多言語ウェブ開発者。

ミリタリーにも興味があり、昔はモデラーでした。

子供の時1に二人の従妹(まいど!注 従兄弟の可能性があります)に影響され、第二次世界対戦2の歴史や武器に興味を持つようになりました。その頃はチェコスロバキアがまだ共産主義だったので、テレビでソ連の戦争映画を見ることができ、戦車がよく映っていました。

しかし、太平洋戦争や海軍についてのドキュメンタリーを見る機会はあまりなかったです。
チェコスロバキアのプラモデル3も、殆どソ連の戦車や戦闘機でした。ソ連以外の物や海軍の物も少なかったですし、日本やアメリカ4の綺麗なプラモデルを簡単に買うことも出来ませんでした。

ある日、従妹が西ドイツ製5の戦艦のプラモデルをもらい、僕に見せてくれる機会がありました。とても素晴らしく、感激しました。戦車や戦闘機と違って、凄い大きさとパワーを感じました。すぐ海軍に興味を持つようになり、戦艦についての本を読み始めました。

1989年にビロード革命が起きて、共産主義が終わりました。
そして当時11歳だった自分も、従妹と同じようにプラモデルで海軍を作りたくなりました。
当時、海軍のプラモデルはチェコ人にとっては高額でしたが、既に日本やアメリカのプラモデルをチェコでも買うことが出来るようになっていました。

僕の最初のプラモデルは、ドイツのビスマルク戦艦でした。
戦艦の見た目は国によって違うということを知り、日本の重巡洋艦がカッコよく、日本の戦艦の上部構造の形もとても面白いと思い6、日本海軍の連合艦隊を部分的に作ろうとしました。
当時はまだ日本語を覚えようとは思っていなかったですが、日本の戦艦の名前はカッコいいと思っていて、よく記憶に残りました。

15歳の時、チェコであまりまだ誰も話していない言葉を覚えようと思っていた矢先に、父が将来日本で駐在する可能性が出てきました。

それを聞いて、日本のカッコいい戦艦の名前をすぐ思い出しました。少し日本語を覚えて、「父と一緒に日本に行くぞ!」と思い、語学学校で日本語を勉強し始めました。
父は結局日本ではなく、サウジアラビアで仕事をすることになりましたが、私は既に日本語が好きになっていたので、勉強を続けました。
90年代にはたくさんの日本企業がチェコで工場を作ったり、オフィスを開いていたので、日本語が将来的に役に立つのを実感していました。

工科大学でシステムエンジニア科に入学後は忙しくなり、プラモデルはやめてしまいました。
しかし日本語の学習は続け、プラハの日本人の留学生とチェコの美味しいビールを飲みながら文化と言語交流しました。

ちなみに従妹は二人とも今でもプラモデルを作っていて、かなりハイレベルです。

大学を卒業した後に、日本の旅行会社のプラハ現地オフィスに5年勤め、日本からの観光客のために観光プランを組み立てたり、チェコや中央ヨーロッパを案内していました。

当時は毎日、日本人のお客様と日本人の同僚と日本語を使うことができ、とても楽しかったです。

その後は自営業になり、現在はウェブ開発がメインの仕事で、依頼があれば日本のメディアや旅行会社や日本企業のために通訳、旅のコーディネーター、ガイドをやっています。

日本人のチェコ文化アンバサダーと一緒にチェコを回り、日本人にチェコの見所、文化、お食事、ビール!!、などご案内できる機会にも何度も恵まれ、とても楽しかったです。

チェコには豊かな歴史と文化があり、中世時代からの立派なお城や教会や歴史的建築物が数多く残っています。

ユネスコ世界文化遺産も14もありますので、皆さん是非チェコにお越しくださいね!

その時に通訳かツアープランナーが必要になった場合には是非ご連絡くださいませ

通訳 / 旅コーディネーターのウェブサイト:
https://www.vitsan.cz/

観光+チェコ暮らしのインスタグラム:

https://www.instagram.com/vitspisek/

参考画像

日本海軍重巡洋艦 妙高 1/350 アオシマ 2009年製作

個性的な日本海軍の重巡洋艦の一例 妙高 プラモデルはアオシマ1/350

日本海軍戦艦扶桑 1/700 アオシマ

個性的な日本海軍戦艦 扶桑 アオシマ 1/700のプラモデル

投稿者プロフィール

まいど! maido
まいど! maido
模型工房M代表。
模型好き。カメラ好き。宝塚歌劇好き。
各模型雑誌で掲載多数。
艦船模型、飛行機模型、AFV模型などプラモデル全般の制作代行も承っております。
  1. 1980年代前半
  2. 第二次世界大戦
  3. KPモデルやSMER
  4. モノグラムやレベル
  5. ドイツレベル
  6. 参考画像をご覧ください

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