レジンからプラモデルへ~エデュアルド社長の回答3

前回の記事で、共産党軍事組織「スヴァザーム」によってプラモデルが扱われていたことが分かりました。今回はチェコのプラモデルメーカーが増えてゆく過程を追っていきたいと思います。

日本の老舗模型メーカー 木製模型からの転身

日本の場合、プラモデルメーカーは木製模型からプラスチックモデルキットに移行したメーカーが数多くあります。タミヤ、ハセガワ、アオシマ、フジミ、イマイ→バンダイが代表的です。更に学校用玩具からプラモデルに転向したメーカーも多数存在します。

エデュアルドの社長の回答でも木製模型メーカーという記述はないので、タミヤやハセガワといったプラモデルメーカーとは違う成り立ちのようです。

エデュアルド社長の回答

2010年代と比較的新しいがチェコ製レジンキット
ポリウレタンで整形されている

モデル生活のもう一つの要素 特徴は子供クラブでありました。小学校や青年会館には非常に多くの子供クラブがあり、様々な技術やモデルのクラブが結成されていました。これにより、熟練したモデラーが増え、自分でモデルを作るようになりました。市販されているモデルの種類はかなり豊富でしたが、欧米と比較して、航空機や戦車の種類が多く、かなり貧弱でした1。モデラーは常に新しいものを求め、新しい刺激を必要とする傾向がありますが、当時のモデル提供はそれを十分に満たしていませんでした。そのため、一部のモデラーは、主にエポキシ(樹脂/ resin)製のモデル2を自作するようになりましたが、中にはバキューム5されるようになると、最初は交換が行われました。そのおかげで、チェコ人(当時はチェコスロバキア人)が何か提供できるものがあれば、日本製を含む他のモデルがチェコスロバキアに持ち込まれ、モデルエクスチェンジやモデラー間で取引されていました。これが、チェコの模型産業の生産能力と取引能力の両方の始まりで、何十人ものモデラーがこれらの活動に参加し、徐々にプロ化していきました。1980年代末から1990年代にかけて、この潜在能力は、新たに開かれた自由市場6の中で、急速に、あるいは爆発的に発展することができました。 製造会社や商業会社がすぐに設立され、その中にはEduard社も含まれていました。そのうちのいくつかは徐々に解散したり、個人がそこを離れて別の会社を設立したりして、その結果、現在チェコで登録できる されているモデル会社の数が増えていったのです。

回答 エデュアルド社長 Vladimir Sulc

翻訳 Vít ŠPÍŠEK

脚注 まいど!

解説 ガレージキットからプラモデルへ

今回の記事で興味深いのは日本でもチェコでもガレージキットが広まったのは同じ1980年代という事です。日本のプラモデルが世界的に認知されたのは1968年のタミヤとイマイで、木製模型やレジンキットではなく、いきなりプラモデルで世界進出を果たしました。しかし、チェコの場合、急速に模型メーカーが増えるのは1980年位からで、まずレジンキットやバキュームキットを個人レベルで生産、徐々にプロ化し、プラモデルに移行しつつ、ビロード革命後に一気に世界で認知されるという流れのようです。

キャラクターモデル、スケールモデル問わず、モデラーが多い国ではガレージキットやバキュームキットを自作していました。日本でも1980年位から海洋堂をはじめ、ポリウレタン製のガレージキットが増えていきます、スケールモデルならピットロードやボークスはもともとガレージキットをメインで発売していたメーカーですが、現在はプラモデルをメインに開発を行っています。

もちろん2021年でも、日本に限らず世界中で個人生産のガレージキットが開発販売されています。2021年では、いわゆるガレージキット、つまり何らかの原型をシリコンで型取りし、ポリウレタンに置換したものだけでなく、3Dプリンタで出力したものをそのまま製品にしたものも増えています。

ーバーコーポレーション FOXONE DESIGN STUDIO 1/144 XF-103

中国・香港のメーカーとの比較

参考までに中国の模型メーカーとの比較を行います。

香港のドラゴンモデルズの創立が1987年、ドラゴンモデルズはレジンキットやバキュームキットではなく、いきなりプラモデルを発売したと記憶しています。

トランぺッターは1993年創業、1999年頃から本格的にプラモデルに参入しています。

2021年現在艦船模型では中国製レジンキットも存在しているのですが、中国ではプラモデルが先だったと記憶しています。中国の場合は工業化という流れの中で工業製品のプラモデルが出てきたと考えられます。そしてプラモデルの普及でマニア層が生まれ、チェコと同じくマニア向けのレジンキットがマニアの手により開発されるという流れになっています。

中国製レジンキットの例

オレンジホビー 1/700 イギリス空母ヴィクトリアス 1960s ORANGEHOBBY HMS Victorious 

オストリッチホビー 1/700 イギリス戦艦 ヴァンガード 完成 HMS Vanguard OSTRICH HOBBY

チェコの場合、日本や中国のプラモデル開発黎明期と比べ、ガレージキットやバキュームキットが先行していた事に特徴があるようです。

かなりざっくりと説明すると

日本 木製模型→プラモデル→レジンキット

中国 プラモデル→レジンキット

チェコ 少数のプラモデル→レジンキット→多数のプラモデル

となります。

この流れを見るとASEANの動向に注目せざるを得ません。現在大量のプラモデル、特にガンプラを消費しモデラーの技術が上がってきているASEAN諸国で、10年後、チェコや中国のように模型メーカー(プラモデルとは限らないですが)が多数できるというのはほぼ確実ではないでしょうか。

次回予告

チェコのプラモデルの歴史はここまでで、次回はチェコ人のモデラーについて語って頂きました。

投稿者プロフィール

まいど! maido
模型工房M代表。
模型好き。カメラ好き。宝塚歌劇好き。
各模型雑誌で掲載多数。
艦船模型、飛行機模型、AFV模型などプラモデル全般の制作代行も承っております。
  1. 原文から意訳すると「航空機や戦車のプラモデルは欧米が多いのに比べると、チェコで手に入るプラモデルは少なかった」
  2. ポリウレタン製レジンキット=ガレージキット
  3. 熱したプラ板を型に当てて空気を抜いて整形する3もありました。次第に、チェコスロバキアでは20ほどのモデラーのグループが結成され、これらのモデルが作られるようになりまた。この作業の後、これらのモデルが海外のモデラーと交換され、欧米で生産4模型製作の意味
  4. 1989年のビロード革命による市場経済化

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